サッカー蟻地獄

ガチだったこともあるサンフレッチェ広島サポーター&割とガチな飯田里穂さんファン&割と長い距離を走る自転車の話、などをしています

浦安から仙台までJヴィレッジ経由で行ってみた。自転車で。(3日目②)〜広野・Jヴィレッジ→郡山→福島〜

ルート


ついに来たJヴィレッジ

ついにやって来ました広野町。震災以前なら
「未来のサッカー日本代表を育てる施設、Jヴィレッジがあるところです」
と紹介していたのですが、今は
福島原発対策の前線基地が設置されているJヴィレッジ
といった方が通りが良いでしょう。

僕は、2009年以来のJヴィレッジです。

警戒区域の境目へ

6号線を進んでいくと、「東芝本部」なるものが右手に見えてきた。
東芝は原子力事業をやっているので、対策本部を置いているようだ。
やはり、ここは原発対応の最前線なのだ、という事実を突きつけられた気がする。

更に進んでいくと、ついに警戒区域との境界に。

この写真に写っていないところにも多くの警察官が。
交差点のそばにいらっしゃった警察官としばし会話。

私  「ここが境界線なんですか?」
警察官「そうですね」
私  「はー・・・。お疲れ様です。」
警察官「自転車っていうことは遠くから来られたんですか?」
私  「あ、はい。サッカーが好きでして、仙台の試合を見に、千葉から来ました」
警察官「そりゃすごいですね。私も愛知県警から来てまして」
私  「え!じゃあ長いんですか?」
警察官「もう何回か来ているんですけどね」
私  「そうですか。ありがとうございます。こういうことしか言えませんが、頑張ってください」
警察官「(`・ω・´)ゞ」

この交差点を右折すると、Jヴィレッジの受付やホテル、レストランが入っている建物が、
手前には屋根付きの人工芝グラウンドがある。
その屋根付き練習場は下からも見えるのであるが、当然練習などしていないだろう。

白い防護服を着込んだ作業員らしき方々を満載したマイクロバスが、
屋根付き練習場の方面から続々と下りてくる。
別の警察官に「あっち行っても大丈夫ですかね?」と聞くと、2秒で「ダメです!」って返ってきた。

ですよねー。

「スタジアムの方ならちょっとだけ入れますよ」

!?

会釈して、反対側に回ってスタジアム方面へ向かいます。

Jヴィレッジスタジアム

さて、やって来ましたJヴィレッジスタジアム。

僕が最後にここを訪れたのは2009年、高円宮杯U-18の準々決勝、
藤枝明誠と広島ユースの試合でした。
一点目が砂川のPK、二点目が砂川から靖奈へ渡ったパスを右足で決めた試合。
いつものことですが、靖奈の(かっこいい)お父様と(きれいな)お母様が見にいらしていました。
高校生がたくさんいて、ここが未来だ、と思ったものでした。
そんなJヴィレッジはどうなっているのか。

Jヴィレッジスタジアムこそが、今回の旅の目的地だったのです。

前線基地になったスタジアム

駐車場に自転車を駐め、スタジアムに向かうと、予想に反して多くの車が。
どうも、周囲には宿舎があるようでした。が・・・

周りのコンコース(?)のメンテナンスはされていないのでしょう。
草ぼうぼうで、ここに誰かいるなど考えられませんでした。

この分だとスタジアムも放置されているのだろうな、
芝生は伸びるに任せられ、カットもされず、雑草も混ざっているのだろうな、
一度全部剥がして、土も入れ替えて除染して、ってやると5億くらい掛かりそうだな、

と思っていたのですが・・・
放置などされていませんでした。

ピッチには多くのプレハブが建てられていました。
プレハブはどうも作業員宿舎のようで、300部屋ほどあるようです。
左側にはメインスタンドの屋根、プレハブの向こう側には得点表示板が見え、
ここがかろうじてスタジアムであったことを物語っています・・・。

これが、Jヴィレッジスタジアムか。
これが、若いサッカー選手が汗を流して未来に向かっていたスタジアムか。

暫しその場に立ち尽くし、そんなことを考えていました。
我に返り、写真を撮ることが出来たのはその後。
写真にも写っていますが、Tシャツ姿の作業員の方が私のことをチラッと見た時でした。
傍目にも疲れきっており、大変な毎日を送られていることは容易に想像出来ました。

私はサッカーファンとしてスタジアムを見ていましたが、
彼らにとってはこれが日常。
これほど多くの人が復旧、対応に関わっているのかと改めて驚き、
東電も東芝も(各建設会社も)必死なのだということがよーーーーーーーくわかった。。。

意味の分からない涙が止まらんかった。

そういう姿をずっと心に留めておこうと思いつつ、Jヴィレッジを後にしたのだが、
最寄りの交差点に「国民vs原発推進派」という日の丸背景のステッカーが貼ってあった。
こんなステッカー、彼らを見た後では表面的にすぎる。

いつか、ここでまた若者たちの声でいっぱいになった時、
彼らのことを忘れないでおこうと思いながら、
事故がなかったら北上したはずの道とは逆方向に向けて出発したのでした。

郡山へ

この旅の目的を果たし、移動手段としての目的である仙台に向かいます。

山へ!

6号線を南下し、国道49号線に向かいます。

また自転車通行禁止><
負けずに49号線方面に向かい、49号線に入ったところで一枚。

へー、この山登るの?w
この旅で初めてのヒルクライムです。今までずっと平地だったからね。
ヒルクライムはあまり好きな方ではないのですが、楽しみ。

人工物と自然の組み合わせが大好き

今まで色々写真を撮ってきたのですが、好きな風景がどんなものかを自覚した一枚。

自然と闘いながら、人が切り開いた感じがある風景が好きなんだ。
こんな山奥で、トラス構造の巨大な橋。
どんな目的だったんだろう、って想像したり、この橋を作った人はどんな気持ちで作ったんだろう、
って想像するのが好きなんです。

こんなのもいい。おばあちゃんちの近く、と言う感じw

でも、こんな感じの人工物はちょっとw
49号線のトンネルは広い歩道がついていてありがたい。
危険を感じたので歩道を行く。

昼ごはん

さーてメシだ。
さっきのおばあちゃんちの近く(的な雰囲気のの場所)でいただく。

看板邪魔だが、いいところ。
お湯を沸かす。
水を飲んでいると、アリがその水に溺れてた・・・。
掬い取って逃がす。

ゆで・・・ているのか、これは?

しかし茹で上げる。水の量より麺の量が多いが気にしない。
パスタは明太子パスタなので海苔があるのですが、
前述のアリが恩知らずにも海苔を持って帰ろうとしている。
クローバーに引っかかって持って帰れない様子。
自業自得だ。

6%の山

山きたあああ!

「1.5km、6%」って4級山岳くらい?
選手は僕だけなので、1ポイントげっとおおおおおおおお。

謎のポール

路肩によくポールが立ってるじゃないですか。
もちろん国土交通省の管轄なのですが、田舎に行くと前身の建設省が作ったものが
そのまま残っていたりします。
そこで見つけたのがこれ。

福島県は独立でもするのかと0.1秒思いましたが、
当然剥がれただけ。

長沢峠

4級山岳の頂上にはちゃんと掲示板がありました。

登り切ると気持ちいいね〜!!!

蓬田岳

福島県に入った所で(気づかなかったのですが・・・)、広い盆地に出ました。
そこから見える雄大な山。

蓬田岳というそうです。東北百名山のひとつだそうですよ。
こういうのを見ると、自然のままというのもいいですね。

蓬田岳がある平田村からは郡山までダウンヒル
やっぱり好きですダウンヒル

下りきると郡山市街。
そして、小山で分かれた国道4号線と再会です。

福島市

郡山から福島市にかけては淡々と走っておりましたw

所々に「○○町 避難地区」みたいな標識が立っていて、
警戒区域の住民がみんな避難していることが伺えます。
Jヴィレッジで生活の場に(意識せずではあるものの)踏み込んでしまったので、
避難区域を訪れるのはやめました。

と言うことで淡々と福島市へ向かいます。

福島市だああああ!
福島市内までは盛大な下り坂でして、超絶ダウンヒル(本日2回目)。
あっという間に市街地。

福島市とうちゃこ

寝床探し&メシ

さて、寝床探しである!

海岸線がないので、上りも件も車も飛び出してこないしライトも当たらない、
カーブの内側の空き地を探そうかなと思っていたのですが、
市街地なのでそんなものもない。
バス停のウラとかも考えましたが都市部では無理。
公園も平日の夕方にテント張ってたら確実に通報されます。

結構困りました。

結果、

摺上川の河畔になりました。奥に見えるのは4号線。
一応周囲の天気(山のほうが雨じゃないかとか)を確認し、増水は無いだろうと判断しました。
都市部で、幹線道路の近くで、地面は硬くない。
人通りは少なく、周囲からは高い草で目立たない。

いやぁ、こんなに条件が良い場所はそうはないですよコレ。

急激に暗くなる

この旅では、基本的に日の出に起きて出発し、日の入りでテントを張る、という生活でしたので、
食事時は自然と夕暮れになります。

なので、ご飯を作っているうちに

急激に暗くなります。

とっぷり。

お腹がいっぱいになって、
摺上川の流れる、さらさらという音をBGMに眠りにつきます。

ついに仙台!!!の次回に続く!