サッカー蟻地獄

ガチだったこともあるサンフレッチェ広島サポーター&割とガチな飯田里穂さんファン&割と長い距離を走る自転車の話、などをしています

サポーター冥利に尽きる試合:第14節 ◯1-0 FC東京@味の素スタジアム

こういう試合があるからサポーターをやめられない!

あらゆる「原因」がどうでもよくなる試合

「ポゼッションも流れも広島、決定機はFC東京、と言う中できちんと決めた」
「相手の2トップの足が止まるまで粘り強く戦った」
「カウンター主体の相手に対して押し込んで、長い距離を走らせることができた」
「ヒョンジンは止まったボールなら(ry」
(以下自重)

など、この試合の勝因は枚挙にいとまがないですし、きっと、負けたり引き分けたしても同じでしょう。
実際、そういった「勝因」が少しずつ積み重なって、決定機が何度もあって、最後の最後に一点が取れた、それは確かです。

でも、そんなのマジでどうでも良くなる試合でした。

サポーターにとって最高の幸せを得られた一夜

サポーターにとって、最高の幸せはゴールではありません。勝利でもありません。優勝でもありません。

選手と一体になって、サポーター一人ひとりが「俺が決めさせた、俺が勝たせた」と実感できること。
これこそがサポーターの最高の幸せです。
断言出来ます*1

「ここで声を緩めたら負ける」
「この声が相手へのプレッシャーになる」
「僕の声がゴールを呼び込む」
「諦めたらそこで試合終r(ry」

ほとんどのケースで、こういう思いは実現しません。実現しないんですw
どれだけ声を出しても点取れないし、負けちゃうし。
でも、そう思って行動した結果、得点や勝利によって具現化したと実感できたとき、サポーターにとってこれ以上の幸せはありません。

自分が行動して、その思いが通じたと思えた。

6日の夜、こう語る人、こういう顔をしている人ばかりでした。
これを実感した人はサポーターやめられないよ。ホントに。

Jリーグを見るか海外リーグを見るかの境目

ちょっと観点はずれますが、「自分の思いが実現する」をいくばくかでも感じられるかどうかが、サポーターかどうかを分けるラインなのではないかと思います。

よく、Jリーグを見ている人が海外リーグだけを見ている人に魅力を語りますが*2、その多くは「応援していると自分の思いが通じる魅力」なのではないかと思います。
身近な選手をずっと見ていると小さい時から見ているからがんばって!という気持ちになり、それは次第に親心に近くなります。そんな選手が結果を出すと、自分で何かしたわけではないのですが、嬉しい気持ちになって、「あの選手は俺が育てた」みたいな感じになりますw
Jリーグのサポーターなら、そういう気持ち、心当たりあるでしょ?

でも、そういう気持ちを知らなければ単純にサッカーの内容に目が行くのは当然です。

そこじゃない所で魅力を伝えなきゃいけない。けど、「思いが通じた」と思ってもらうには、足を運んでもらうのが一番早いし効果的だしハマる。

Jリーグが新規集客を狙った制度設計上で困っているのは、こういうあたりなのでしょうね。

*1:試合以外の時には「クラブと一体になってクラブの発展に寄与している」と実感することでもあります

*2:ここでは、海外クラブのサポーターをやっている人は想定してません。いると思いますよ、けど単純化のためにあえて外しています